中絶手術を検討する際には、原則として本人とパートナーが同意書に署名・捺印する必要があります。しかし、「夫に打ち明けられない」「相手と連絡が取れない」などの理由で、同意書にサインをもらえないケースも多いです。
いくつかの条件を満たせば、本人の同意のみで中絶手術を受けられることもあります。どうしよう、と思い悩む前に、まずは人工妊娠中絶に関するルールを確認しておきましょう。
この記事では、中絶手術を受ける際の同意書について、さまざまなケースを想定して解説します。難解な法律も噛み砕きながら説明していますので、参考にしてください。
- 人工妊娠中絶の同意書について
- 本人の同意のみで手術できるケース
- 夫以外の人物が同意書を書いたら?
- もし同意書なしに中絶手術をしたら?
- 人工妊娠中絶手術と同意書に関するQ&A
人工妊娠中絶の同意書とは
人工妊娠中絶手術の同意書は、手術を行う際に医療機関から渡される書類です。医師から手術の概要について説明を受けたうえで、その内容に同意するかどうかを問われます。
同意書は、一般的に以下のような内容を含みます。
- 手術の実施に対する同意と依頼
- 本人の署名・捺印及び連絡先
- 配偶者(パートナー)の署名・捺印及び連絡先
- 保護者の署名・捺印及び連絡先※未成年者が手術を受ける場合
人工妊娠中絶手術への同意に関する法律のルール
人工妊娠中絶に関する詳細なきまりは、「母体保護法」第14条で定められています。
““(医師の認定による人工妊娠中絶)
第十四条 都道府県の区域を単位として設立された公益社団法人たる医師会の指定する医師(以下「指定医師」という。)は、次の各号の一に該当する者に対して、本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる。
一 妊娠の継続又は分娩が身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの
二 暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの
2 前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなつたときには本人の同意だけで足りる。““
(参照:「母体保護法第14条」法令検索より)
同条1項において、人工妊娠中絶を行う際には、原則として本人と配偶者の同意が必要とされています。
身体への侵襲を伴う人工妊娠中絶手術について、本人の同意が必要であるのは当然です。さらに、胎内にいるのは配偶者の子どもでもあるため、原則として配偶者の同意も必要とされています。
ただし同条2項により、「配偶者が知れないとき」「(配偶者が)その意思を表示することができないとき」「妊娠後に配偶者がなくなったとき」については、例外的に本人の同意だけで足りるとされています。
何らかの事情により配偶者の同意が得られない状況において、望まない妊娠を続けさせることは本人にとって酷な場合があります。そのため、一定の要件を満たす場合に限って、例外的に本人の意思のみによる人工妊娠中絶手術が認められています。
なぜ同意書が必要か
人工妊娠中絶手術を受けるには原則として「本人及び配偶者の同意」が必要ですが、同意がなされたことを証拠として残すために、同意書は重要な役割を果たします。
口頭だけで同意を取得した場合、手術後になってトラブルが起きた際に、同意を証明し得る証拠が一切なくなってしまいます。たとえば配偶者が「自分は同意していなかったのに、病院が本人の同意だけで人工妊娠中絶手術を強行した」などと主張した場合、配偶者が同意していたことを示す証拠がなければ、病院が損害賠償責任を負う事態になりかねません。
病院側としては、人工妊娠中絶の対象者や配偶者とのトラブルに備えるため、同意書によって同意の物的証拠を残しておく必要があります。
同意書には旦那のサインが必要
母体保護法上での配偶者とは、婚姻関係にある者、つまり夫を指します。すなわち、結婚している場合は夫の署名・捺印を得る必要があるのが原則です。また、内縁(事実婚)のパートナーも「配偶者」に含まれると解されているので、原則として同意を取得する必要があります。
一方、結婚しておらず内縁でもない場合には、性的パートナーの同意は母体保護上の要件ではありません。しかし実際には、トラブル防止の観点から、性的パートナーにも同意を求める医療機関が多いです。
なお、手術を受けるのが未成年者の場合でも、本人とパートナーの同意があれば、法律上は中絶手術を行えるようになっています。ただし、未成年者の中絶手術については、本人とパートナーに加えて、保護者の同意を求める医療機関が多いです。未成年者の人工妊娠中絶は、特に大きな肉体的・精神的負担を伴うため、保護者による最大限のサポートが求められます。
本人の同意のみで手術できるケース
母体保護法のルールでは、配偶者(または内縁のパートナー、以下同じ)がいる場合でも、以下のいずれかに該当するときは、中絶手術について配偶者の同意を得る必要はありません。
(参照:「母体保護法第14条第2項」法令検索より)
①配偶者が知れないとき
配偶者の所在が不明であることを意味します。
民法上不在者として取り扱われるなど、法的手続きによって所在不明が確認されている場合に限らず、事実上所在不明である場合も含まれます(たとえば、長期間にわたって音信不通である場合など)。
②配偶者がその意思を表示することができないとき
意思能力(判断能力)がないなどの事情により、法律上有効な意思表示ができないことを意味します。
成年後見の審判等の法的手続きによって意思能力がないことが確認されている場合に限らず、事実上その意思を表示できない場合も含まれます(たとえば、交通事故等によって判断能力を失って常時要介護状態となった場合、婚姻関係が破綻して没交渉状態となった場合など)。
③妊娠後に配偶者がなくなったとき
妊娠後に配偶者が死亡した場合や、離婚によって配偶者との婚姻関係を解消した場合が該当します。
また、配偶者がいない場合には、母体保護法上、性的パートナーの中絶手術に関する同意は不要です。
ただし、母体保護法に基づく配偶者の同意が不要であっても、トラブル防止の観点から、性的パートナーの同意を必要とする医療機関があります。パートナーの同意を得ることなく中絶手術を受けたい場合は、対応してもらえる医療機関を探しましょう。
配偶者以外の男性が、夫に代わって同意書を書いたら?
医師が、署名捺印された同意書について真偽を確認するのは、実際には難しいでしょう。しかし、夫が作成すべき同意書に、夫以外の人物が無許可で代筆する行為は犯罪です。もし発覚すれば、代筆者は「有印私文書偽造罪」に、書類を提出した本人は「偽造私文書等行使罪」に問われます。
有印私文書偽造罪および偽造私文書等行使罪の法定刑は、いずれも「3月以上5年以下の懲役」とされています。
(参照:「刑法第159条第1項、第161条」法令検索より)
つまり、本人と代筆者のどちらも3月以上5年以下の懲役に処せられる可能性があります。
もし同意書なしに中絶手術をしたら?
人工妊娠中絶を適法に行うには、配偶者からの同意書を含む以下4つの要件をすべて満たす必要があります。もし違反すると、医師や妊婦が「堕胎罪」に問われる可能性があるため注意しましょう。ただし先述した通り、本人の同意のみで手術を受けられるケースもあります。
- 妊娠22週未満である
- 医師会の指定する医師(=指定医師)による中絶手術である
- 本人および配偶者の同意がある
- 身体的・経済的理由によって妊娠の継続・分娩が母体の健康を著しく害するおそれがある、または暴行・脅迫により、もしくは抵抗・拒絶できない間に姦淫(かんいん)され妊娠した
なお堕胎罪は以下の4種類です。
(参照:「刑法 第212条」法令検索より)
(1)自己堕胎罪:1年以下の懲役
妊婦中の女性が薬物またはその他の方法によって堕胎したときに成立する犯罪。
(2)同意堕胎罪:2年以下の懲役
妊娠中の女性からの依頼あるいは承諾を得て、妊娠中の女性以外の他人が堕胎させたときに成立する犯罪。妊婦を死傷させた場合は3月以上5年以下の懲役が科される。
(3)業務上堕胎罪:3月以上5年以下の懲役
妊娠中の女性からの依頼あるいは承諾を得て、医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者といった身分や資格を持つ者が堕胎させたときに成立する犯罪。妊婦を死傷させた場合は6月以上7年以下の懲役が科される。
(4)不同意堕胎罪:6月以上7年以下の懲役
妊娠中の女性の依頼あるいは承諾を得ることなく、妊娠中の女性以外の他人が堕胎させたときに成立する犯罪。妊婦を死傷させた場合は、傷害罪と比較してより重い刑罰が適用される。
パートナーが分からないケースは?
子どもの父親が誰なのか分からない場合や、パートナーと連絡がとれない・同意が得られないといった場合にも、本人の同意のみで中絶手術を受けられることがあります。母体保護法上、配偶者の同意が不要となる場合に該当するためです。
ただし、母体保護法に従って同意書を不要とするかどうかの判断は、各医療機関や医師によって異なります。人工妊娠中絶について慎重な判断を促すため、母体保護法の規定にかかわらず、性的パートナーの同意書を求めている医療機関もあります。まずは人工妊娠中絶手術を希望するクリニックに連絡して、同意書の要否等について相談や確認を行いましょう。
いずれのケースでも、まずは病院に相談を
人工妊娠中絶を希望する方は、なるべく早く病院に相談をしましょう。人工妊娠中絶手術を受けられるのは、妊娠22週未満の妊婦に限られます。また、妊娠初期の12週未満と、それ以降では手術の方法が異なります。後者の場合、体に負担がかかるため入院が必要になるほか、胎児の死産届を役所に提出しなければなりません。また、中絶手術はほとんどの場合、健康保険が適用されません。そのため、手術料と入院費がかかる12週以降の手術は経済的な負担も大きくなります。
中絶に対し、悩むことも多いかとは思いますが、まずは早期に病院へ相談することが大切です。
人工妊娠中絶手術と同意書に関するQ&A
人工妊娠中絶手術と同意書について、よくある質問とその回答をまとめました。
Q1 既婚者ですが、お腹の子どもは夫の子どもではありません。中絶には誰の同意が必要ですか?
Q2 夫が中絶に強く反対していますが、私は絶対に中絶したいです。どうすればよいですか?
Q3 夫から性暴力を受けて妊娠しました。中絶したいのですが、夫の同意は必要ですか?
Q4 未婚者ですが、近くの病院はどこも中絶に性的パートナーの同意を求めています。遠方の病院を受診しなければなりませんか?
既婚者ですが、お腹の子どもは夫の子どもではありません。中絶には誰の同意が必要ですか?
母体保護法上、人工妊娠中絶手術には原則として配偶者の同意が必要とされています。
お腹の子どもが配偶者(夫)の子どもでないことは、配偶者の同意を免除する事由に該当しません。したがって、その他の免除事由に該当しない限り、人工妊娠中絶手術を受けるに当たっては、配偶者の同意を得る必要があります。
1日も早く配偶者に対して妊娠を伝えて、人工妊娠中絶手術を受けるべきかどうか話し合うことをおすすめします。
夫が中絶に強く反対していますが、私は絶対に中絶したいです。どうすればよいですか?
母体保護法上、配偶者の同意を免除する事由に該当すれば、配偶者の同意なしで人工妊娠中絶手術を受けられる可能性があります。
特に「配偶者がその意思を表示することができないとき」の要件については、厚生労働省の見解等により、婚姻関係が実質的に破綻していて、配偶者の同意を得ることが困難な場合も含むと解釈されています。
長期間の別居や、夫の不貞行為・DV・モラハラ等によって婚姻関係が破綻していることを示せれば、夫の同意が不要とされる可能性があります。
また夫と離婚すれば母体保護法上は人工妊娠中絶手術について夫の同意が不要となります。夫が同意するのであれば、早急に離婚を成立させて人工妊娠中絶手術を受けましょう。
夫から性暴力を受けて妊娠しました。中絶したいのですが、夫の同意は必要ですか?
夫による性暴力の結果として妊娠したケースでは、人工妊娠中絶について配偶者の同意が不要となる可能性が高いと考えられます。
厚生労働省によって、「妊婦が夫のDV被害を受けているなど、婚姻関係が実質破綻しており、人工妊娠中絶について配偶者の同意を得ることが困難な場合は、本人の同意だけで足りる場合に該当する」という見解が支持されているからです。
医療機関によっては、トラブルを避けるため、上記のような事情にかかわらず夫の同意書を求められることがあります。その場合は、別の医療機関に相談しましょう。証拠を示して性暴力を受けた事実を訴えれば、人工妊娠中絶手術に応じてくれる医療機関があるはずです。
未婚者ですが、近くの病院はどこも中絶に性的パートナーの同意を求めています。遠方の病院を受診しなければなりませんか?
性的パートナーの同意が得られず、本人の同意のみで手術をしてくれる医療機関が近くにない場合は、遠方の医療機関を受診することもやむを得ません。
人工妊娠中絶手術について性的パートナーの同意を求めるかどうかは、各医療機関が個々に判断しています。母体保護法上は同意が必要ありませんが、医療機関もそれを承知の上で、リスク管理の観点から性的パートナーの同意を求めることがあります。
医療機関を説得しようとしても徒労に終わる可能性が高いので、幅広い地域の医療機関に連絡して、本人の同意のみで人工妊娠中絶手術を受けられるところを探しましょう。
まとめ
人工妊娠中絶手術に当たっては、原則として配偶者(または内縁パートナー)の同意書が必要です。また、配偶者や内縁パートナーがいなくても、性的パートナーの同意書を求める医療機関が多くなっています。
ただし、何らかの事情でパートナーの同意を得られない場合は、医療機関に相談すれば、本人の同意のみで人工妊娠中絶手術を行ってくれることがあります。拒否されたら別の医療機関に相談するなどして、できるだけ早めに人工妊娠中絶手術を行いましょう。
中絶手術を受けられる期間は限られています。なるべく早期に病院へ相談をすることが大切です。